(前の記事、「 うさと展コーディネーター説明会1 」の続きです)
さて、
この、2017年8月の、
うさと展コーディネーター希望者のための、説明会には、
スタッフの方が、
5名、いらしてくださっていました。
また、
コーディネーター希望者は、
僕を含めて、
14組・18名が、参加していました。
その、
はじめて伺い、はじめて参加した、その会の、
計23名の中に、
まず、
すでに「顔なじみ」の方が、
2名も、いらっしゃいました。
一人は、
同じ、東京での「うさと展」仲間で、
うさと展に行くたびに、遭遇し、
また、
僕が、はじめて、うさぶろうさんに お会いしたときにも
(過去記事「 ついに対面 さとううさぶろうさん 」)、
うさぶろうさんに 会いにいらしていて、
僕といっしょになって、「キャッキャ」言いながら、
うさぶろうさんと、写真を撮ってもらった、
斉藤操さん。
彼女も、同じく、
コーディネーター希望で、参加されていました。
そのことは、知らなかったので、
会場でお会いして、ちょっとビックリしましたが、
でも、「彼女なら」という想いも、すぐに湧き、
なにか、納得しました ^^ 。
もう一人は、
今回、この会の 進行をされた、
ご自身もコーディネーターである、
出仙美秋さん。
美秋さんには、
まず、はじめに、
僕たちが、ソムヨットさんにお会いした、
横浜のうさと展で、お会いしました
(過去記事「 ソムヨットさん 」)。
そのとき、美秋さんは、
「白抜きの部分が、茶に染められた、絣」のムササビを履かれていて、
僕は、はじめて目にする、その種の絣に、釘付けになってしまい、
いろいろと、お話しをしたのを、覚えています。
また、それにつづき、
僕たちが、偶然に、うさぶろうさんに お会いした、
新御徒町での うさと展でも
(過去記事「 うさとのマーク 商品タグ 」)、
うさぶろうさんに 付き添われておいでだった、美秋さんに、
また、お会いし、
横浜でのことを覚えていたくださったので、
いくつか、お話しをしたんだったと思います。
とにかく、明るく、気さくで、オープンで、
かつ、細かい配慮も してくださり、
責任感と 人情に厚い 「姉御肌(あねごはだ)」^^ な、
美秋さんには、
その後も、
ことあるごとに、
親切にしていただき、助けていただくのですが、
その彼女が、
その会の 進行役だったことで、
まず、和み、落ち着いて、
そして、楽しく、ウキウキと、
話を聞くことができました。
加えて。
その他にも、
お会いするのは、そのときが はじめてで、
「顔なじみ」ではないけれど、
既にご縁があり、
存在を知っている方が、
なんと、
2組・3名、いらっしゃいました。
既に縁があった、お一人目は、
サウンドヒーリングやサウンドチューニングをされている、
増川博士の、会社、ユニヴァーサルバランスの、
有馬さん。
有馬さんは、
妻の ゆうこさん が、
ユニヴァーサルバランスの セミナーに参加した時に、
お会いしていて、
そして、妻のことを、覚えていてくれました。
そして、
妻のことを覚えてくれていた にあたっては、
そもそも、
津留さんのメッセージ を お読みくださっていた とのこと。
僕がお会いしたときにも、
「津留さんのメッセージには、助けられました」
と、
おっしゃってくれました。
その言葉を、ご縁があることを、
とても嬉しく思いました。
そして、
もうお一組。
仲良くさせてもらっている「うさと仲間」で、
かつ、数多くの「うさと展」に行かれている「うさと展マスター」 ^^ である、
名古屋在住 せつこさん から、
彼女が、
「ワンドロップ聖歌隊」という、聖歌隊に参加していて、
歌を歌っていること、
その本番公演が、12月にあり
そのときの衣装が、『セミオーダーのうさと服』(!)になる旨、
以前から、お聞きしていました。
なんでも、
その聖歌隊が歌う曲の作曲者の、
宮川昭夫さんが、
以前あった、「横浜・うさと店」の、
元店長さんで、
(それ故なのか、)
うさととは、深い結びつきがある、ということ。
そして、
聖歌隊の主催者が、
「清水浦安さん」と「愛宕なみさん」という方々だということ。
それらのことを、
お聞きしていました。
それらの話を聞いたときに、
それらを、妻に話したところ、
妻から、
「あぁ、その、『清水浦安さん』って、
もしかしたら、『あの』清水さんじゃぁなぁい?
たぶん、そうだと思うよ!」
と、言われていました。
そして、そのときに、調べてみて、
そこで、はじめて、
『清水浦安さん』という「お名前・名称」を知り、
そして、そこで、
清水さんの最近のご活動を、認識したのでした。
清水さんは、
津留さん が、活動を始めた 最初のころから、
津留さんとは、とても深く、ご縁があって、
ともに活動をしていた「仲間」のお一人と、お聞きしていました。
共同でセミナー・ワークショップをしたり、
共著を出されたり、と、
「同志」のように、ともに活動されていたと、お聞きしていました。
その、清水さんが、
現在は、そのような活動されていて、ご活躍で、
しかも、
「うさと」と関わりがおありになられるとのこと。
お聞きして、存じ上げて、
とても嬉しく思っていました。
で、その説明会での、
参加者自己紹介の際です。
まず、
ある女性が、自己紹介をされたときに、
たしか、「ワンドロップ」という名称を、
出されたんだったと、思います。
「あっ」
と、思いました。
愛宕さんでした。
そして、それに続いて、
隣に座られた男性が、
「清水です」って、おっしゃっいました。
「うわぁっ!」
っと、なりました。
「あっ、清水さんだー!」
と、なりました。
清水さんも、「うさと」にご縁があることは、
お聞きしていたわけですが、
それが、
僕が、彼に、はじめてお会いする、場所・きっかけが、
まさか、「うさと」だとは、
しかも、清水さんも、
「うさと展コーディネーター」になられようとしているとは、
夢にも、思っていませんでしたので、
本当に、ビックリしました。
説明会の、中頃で、休憩があり、
トイレに行き、用を足していたときに、
そのタイミングで、
隣に、清水さんがいらっしゃいました。
さすがに、「連れション」状態で、
初めましての挨拶も、なんだなぁ、と、思い ^^; 、
先に、トイレから出て、待ち、
後から出て来られた、清水さんに、ご挨拶をしました。
もちろん、清水さんは、
津留さんのことを、よく覚えておいでですから、
そこで、僕のことも 認識していただき、
無事に、ご挨拶も済みました。
続いて、
愛宕さんにも、ご紹介してくださり、
そして、津留さんのことなどを、お話したのでした。
とてもオープンで、気さくなお人柄の、
お二人は、
最初から、とても親しみやすく、
そして、とても親切にしてくださいました。
今後、新たな関係を築かせていただけることを、
とても嬉しく思いました。
それにしても、
「うさとを通じて、縁がある人々と、出会えた」
という事実が、
「であれば、『僕』も、『うさと』とは、それなりに縁があるのだろう」
という認識を、
ある意味での、
「安心」というか、「自信」というか、
そんなものを、
その時点で、持つことができました。
でも、
これらの出会いは、
本当に、嬉しく、驚きでした。
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