竹ラックと 久保田直子さん

 
うさと展コーディネーターに 応募したのが、
2017年の、(確か)5月。

そして、
2017年8月に、
コーディネーター説明会を 受けるまで
( 過去記事「 うさと展コーディネーター説明会1 」 )、

正確な事情などが分からないので、
既存のコーディネーターさんたちには、
応募したことを、お話しませんでした。
 
 
ただ、そんな中、
6月に伺った、
松戸での、すなべさんの、うさと展で、

 「いたきさん、
  最近、なにか、動きがありませんでした ^^ ?」

と、
声をかけられ ^^; 、

すなべさんは、
すでにご存知だったことを、知りました。

また、その際には、
僕たちの想いを、歓迎してくださって、

そして、しかも、すなべさんの方から、
共催コーディネーターさんを、買って出てくださったのでした

(すなべさん、本当に、ありがとうございました)。
 
 
さて、そして、
8月の説明会が終わり、

僕たちが、コーディネーターになる動きが、
正式に、流れはじめたところで、

これまで、ご縁をいただき、お世話になってきた、
既存のコーディネーターさん方に、
機会を見つけては、ご連絡・ご挨拶をさせていただいたのですが、

そんな中、
メールでご報告をした、
久保田直子さんからは、

僕たちが、コーディネーターになることを、
歓迎してくださる 内容とともに、
びっくりする お知らせを、受け取りました。
 

夫の仕事の関係で、フランスに行くことになり、
コーディネーターを、いったんお休みすることになりました

 
はじめての「うさと展」として、
石川さんの、八ヶ岳での「うさと展」に伺った後
( 過去記事「 うさとの服との出会い2 」)、

僕たちにとって、
人生で2度目の、「うさと展」として、

新宿での、
滝本さんと 直子さん(当時は「うさとジャパン主催」という名称でした)の、
「うさと展」に伺って以来、

直子さんには、
とっても、お世話になって きていました。
 
 
いつも、明るく、優しく、親切に、
僕たちに、接してくださり、

また、「うさと」のこと、「うさと服」のこと、
コーディネートのことなどを、
いろいろと、教えてくださいました。

僕たちも、
直子さんの「うさと展」に伺うことを、
いつも、とても楽しみにしていました。
 
 
それが、

僕らが、コーディネーターになる、
そのタイミングで、

まるで、入れ替わるかのように、
直子さんが、コーディネーターを 休業されるなんて、

想像していなかった展開に、
とてもビックリしました。

コーディネーターになった暁には、
先輩として、いろいろと、教えていただこうと、期待していたのに …

いえ、そんなより、
「直子さんの『うさと展』」に、
(少なくともしばらくは)行けなくなってしまう …

そのことが、
単純に、ショックでした。
 
 
かといって、
僕たちには、どうすることもできないことと、

ただ、残念に思っていると、

直子さんの方から、
こんなご提案を いただきました。
 

「竹ラック」を使わなくなってしまうので、
引き取っていただけませんか?

 
 
「うさと展」に行かれたことのある方は、ご存知のとおり、
うさとの服は、
竹で組まれたラックに、掛けて、展示されていますよね。

あの、竹ラックは、
コーディネーターさんが、それぞれ、お持ちで、

それを、展示会の度ごとに、
組んで、設置されているのですが、

その竹ラックを、
なんと、譲ってくださるというのです!

僕たちも、始めるにあたっては、
購入しなければ いけませんでしたので、
こんなありがたいことは、ありません。

二つ返事で、
引き取らせていただくことにしました。
 
 
そして、加えて、
それによって、竹ラックを引き継ぐことによって、
なにか、

直子さんがされていた 活動を、
僕たちが、引き継がせていただくような、

「気持ち」的には、
何か、そんな気持ちに、勝手にですが、なりました。

何か、勝手な解釈ですが、
でも、今回の、そんな流れを受けて、

 「自分の、勝手な願望・想い」
で、
何か強引に、うさと展コーディネーターになる、
のでは なくて、

 「なんらかの流れ、計らい、意図」
によって、
僕たちが、うさと展コーディネーターになれる、

勝手にですが、
そんな風に、受け取ることもできるような、気になりました。

それが、
とても、ありがたかったです。
 
 
調整の結果、
竹ラックは、

僕たちが、車で、
直子さんのお宅に、受け取りに伺うことになりました。

場所は、
静岡県三島。

僕たちにとっては、
約6年ぶりの、三島でした。

千葉県市川市に住む、
僕たちにとっては、

三島は、
 「そこまでは、遠くないけれども、
  でも、しょっちゅう行くところ、でもない」
感じです。

でも、
富士山、湧き水、柿田川、梅花藻、三島大社、
そして、なんといっても、うなぎ …

すてきな、大好きな 場所です。

喜んで、伺うことにしました。

9月の、当日は、
朝から、快晴。

運転する身としては、
好天で、助かりました。

むしろ、
眩しすぎるほどの、陽ざしでした ^^; 。

でも、
途中、富士山は、
その全身を、雲で隠されておいでで、

残念ながら、
お姿を拝んでの、ご挨拶は、
叶いませんでした。
 
 
念のために、
早めに、家を出たおかげで、

予定どおりに、
早く、三島に着くことができ、

柿田川や、
市内を流れる源兵衛川を、
散策したりすることができました。
 

 
 
時間になり、
直子さんのお宅に伺うと、

まず、一番の用件である、
竹ラックを、渡してくださいました。

その後には、
ご親切にも、
お宅に上げてくださり、

お菓子や、果物、お茶、のみならず、
すっごく人懐っこい、とっても可愛い猫ちゃん二匹でも、
おもてなしくださいました。

そんな中で、
いままでは、伺う機会も無かった話などを、
たくさん、お話しくださいました。

「うさと」のことを、
また、すこし、知ることができました。

また、
直子さんが、どんな想いで、
うさと展をされて来たのかを、お聞きできて、
とても、参考になりました。
 
 
その後には、
直子さんのご案内で、

三島大社さまに、
ご挨拶。

 

そして、
最後に、

 「もう、富士山、
  見えてるかも、しれませんよ ^^ 」

と、
近くで、富士山が見えるポイントに、
連れて行ってくださいました。

この日は、
最後に、

頂だけ、
ちょっぴり、
見せてくださいました。

 
 「まぁ、でも、結局のところ、
  肩肘張らず、気負わず、
  自分たちにできる『うさと展』を、
  するしかないよな」
 
 
頂を横に、
帰路、車を走らせる中で、
そんな想いが、覚悟が、湧いていました。

気づかぬうちに、
期待と、それに伴って不安が、
自分の中に、湧き上がっていたのですが、

直子さんのおかげで、直子さんと話せたおかげで、
最終的には、
これまでよりも、肩の力が抜け、気が楽になっていました。


.